36. 分骨するとしたら、どの部分がいいのでしょうか?
どの部分がいいかで考えて下さい。

お骨がきれいに残っているようであれば、思い出のあるところを選ぶのがいいと思いますし、
お骨の部位などではなく、割れ欠けしたろころや、ケースに収まるようなところを選ぶといいと思いますよ。

ペット霊園ソウルメイトでは、お骨を見送った時のように、綺麗に並べてからお骨拾いをしますので、
爪や指先のお骨も残りますし、シッポの先までの小さなお骨も拾えますから、どこがいいというのがはっきりします。
皆さんの中で一番多い順で言いますと、ほとんどの人が前足の指先とシッポですね。

いつもかまってほしい時に手を掛けてきた前足には思い出がいっぱいありますからね。
にぎにぎしていた前足の指先のお骨を分骨される方が多いですね。
同じく多いのは、いつもフリフリしていたシッポですね。
嬉しい時などにはちぎれんばかりの喜びようで、思い出がいっぱいありますからね。

次に多いのは、歯になります。
犬歯を入れるとなりますと、けっこうな大きさになりますので、形状を考えなければなりませんが、
その他にも歯は残っておりますので、納める形状に合わせた歯を選ぶ人がおります。

あの子の美味しそうに食べていた歯、昔噛まれたことのある歯などには、
いろいろな思い出がありますからね。

次にくるとしたら、喉仏でしょうかね。
割れ欠けしてしまい、いくら調整しながら火葬したとしても、残る残らないはその時次第となってしまいますが、
喉仏が綺麗に残っていると、ほんと仏さまの姿をしていますからね。
あの子が仏さまになった姿であり、衣を身に纏って感謝している“ありがとう”の姿でもあります。
仏さまの姿をしたお骨ですから、分骨用の骨壺に納めて、ティッシュでまわりを安定させて、
お互いに手を合わし向き合えるように納めます。

その次には、皆さんの思い出によります。
あの子のこの部分という強い思いがあるところを分骨しますので、
ここからは人によって違いますので、紹介する必要はないと思います。

どこがいいかと指定されるのではなく、どこがいいかなぁと心に聞いてみてください。
あの子の姿を思い出すと、自然と分骨するところが決まりますよ。
37. 庭に埋葬したのですが、引っ越すことになってしまいました・・・
いたしかたないことですね。

事情があって家を手放す事などありますから、その際は仕方のないこととしてそのままにするか、
引越し先に移動できるのであれば、掘り返して移転することになりましょう。

どのように埋葬したかにもよりますが、そこに樹木など植えている場合は、そのままになりましょうね。
墓碑などあるようでしたら、墓碑は移転しないとなりませんよね。
残しておいても、後の人が困りますからね。

深く掘ってある場合は、敢えて掘り返さなくてもいいかもしれませんね。
浅い場合は、掘り返してみてもいいかと思います。

掘り返す事がどうかと思うのであれば、気持ちとしてそこの土の一部を持ってゆくことをお勧めします。
そして、引越し先の庭の一部に撒くのか、プランターに入れて花を植えるのか、そのまま保存するのか、
人それぞれになってきます。

高校球児たちが甲子園の砂を祈念に持ち帰るように、
その場の土を記念に持って行くことが良いのではないでしょうか?

どうするのかも、引越し先にもよりますし、その後のことによっても変わってきますよね。

自宅の庭に埋葬する時には考えてもいないことですが、一般の敷地ですと所有が変わることがあります。
売却もあれば、相続もありましょうし、税金も掛かりますからね。
いろいろな事情から致し方のない事もあるものです。

その点、寺院の墓地となりますと、永続的に守られるようにとのことで、
国からも税制上の優遇措置がなされておりますので、墓地の転売ということにはなりません。

民間の霊園さんというのは倒産した時に、困った問題が生じることがありますが、
宗教法人ではその点は安心できることかと思います。
38. 仏前に飾るお花は洋花ではいけないのでしょうか?
どんな花でもいいと思いますよ。
花は綺麗ですからね。

よく言われることに、「バラは棘があるから仏前にはよくない」などということもあり、良くないと思われがちですが、
バラだっていいじゃないですかね。
丁寧な花屋さんではバラの棘を取ってありますので、棘がないですが、それでもダメと言うのでしょうかね。

自宅で飾る分にはどんな花でもよろしいかと思いますが、他の家に持って行く時には、考えることが必要ですね。
バラの棘のことを気にしている人に、バラを持って行けば心に棘を刺すことになりますし、
お祝ごとの時に白い菊を持ってゆきませんよね。嫌がらせになってしまいますからね。

お花自体には何の囚われもないのですが、人には善悪・好き嫌いがありますので、
その場にふさわしい花にしないと相手を不快にさせてしまいます。
他の人のお宅に持って行く祭にも、最近では洋花は多いですので、
洋花でもあまり華美にならないようにすると良いかと思います。

花には洋の東西なんて関係ないのですけどね。
日本の花だと思っているものだって西洋のものがあるし、
西洋の花でも日本名が知れ渡っていて日本の花だと思っていることもあります。
どの花かによっては、日本名や洋名があり、どちらなのか分かりませんからね。

あまり気にしないでいいと思いますよ。
お花が綺麗だから、それを仏前にお供えする。
そういう気持ちが大切なのですからね。

いろいろなことを言う人がいるもので、以前テレビで桃は仏前に供えてはいけない。という方がおりましたが、
桃はすぐに腐るからよくないとのことでしたが、腐らなければいいのでしょ!と思わず言ってしまいました。
いつまで上げっぱなしにしているの?と思ってしまいましたね。
有名な占い師であったこともあり、影響ってあるんですね。その後、多くの方から質問されましたよ。

素直に考えればいいことなのでしょうけれども、いろいろな持論というものがありますから、
人の意見は素直に聞き入れ、自分なりに判断するといいと思いますよ。
(↑これは私のポリシーです!)
39. 霊視してもらうことはできますか?
できません。
霊的な力があるように思われる方がおりますが、私にはそのような力はありません。

できる人は世の中にいるのかもしれませんが、それがどうなのかは分かりませんし、
そういう方を知りませんので、ご紹介することもできません。

私は霊視などはできませんが、インスピレーションとして感じたことは、素直にお伝えしております。
仏さまに使える身ですから、仏さまになって皆さんを護っているのですから、
時には私の言葉を借りることもありましょうし、私のもとへ導いてきたのには訳もありましょうからね。
伝えたいこと、誤解していることなどがあって、縁を導いてくれることもありましょうから、
お話していて感じたことはお伝えするようにしておりますよ。

それが霊視とか最近ではアニマルコミュニケーションとなるのでしょうけれども、
同じことができたとしても、私は違うと方法ですから、名称はないのでしょうね。

私は皆さんの話を聴いているだけで、その話の中には大事なメッセージがあることがあります。
あの子からのメッセージを悲しみのあまり気付かないことがあり、間違って受け止めていることもあり、
伝えたいことが伝わっていないから、人の言葉を借りて伝えようとなり、
HPを見るように導いたり、本を手にするように導いたり、会って話すように導いたりと、
皆さんを護る仏さまは働いているので、私はその仏さまに使えているので、役目を果たしているにしか過ぎません。

○○○○と言っております的な、見えるような・聞いたようなことは言いません。
見えた訳でもないし、聞いた訳でもなく、そう感じたことを言葉にするだけですから、霊視ではないのですよ。
それでも、知らないことを言い当てることもあり、霊感があるように思われるのですが、それはたまたまですよ。
見える訳ではありませんので、見るだけでは何だか分かりませんね。

○○○だワン、○○○だニャン、などというふざけた言い方もしません。よくできますよね。
ネット上で、そんなアニマルコミュニケーションを見たことありますが、人それぞれですかね。

皆さんのお話を心を傾けて聴いておりますと、伝わることがあるので、それを霊視と言えば霊視になるのでしょうが、
一般的な霊視というようなことではないと思いますよ。

霊視できますと言っても、結構できる自信がありますので、適当にはできますが、
自分が信じてもいないことをしているのですから、詐欺行為になってしまいます。
何も話さずとも人はいろいろなことで心を表しておりますので、心理学的なテクニックを駆使して、
いろいろなことを言い当てることはできますよ。

でも、これは霊視ではありませんので、私は霊視はできません。

霊視と呼ばれるものには、心理術を利用したものも多いですからね。
そういう学校や技術というものがありますから、学べば誰でもできることなのかもしれませんよ。
40. アニマルコミュニケーションをしてもらうことはできますか?
できません。

というよりも、私のインスピレーションは、皆さんが知っているアニマルコミュニケーションではありませんから。
私の場合は、皆さんの心にあるメッセージを聴いているだけで、それはあの子たちがその人に残したもので、
皆さんが心と向き合っていないから聞こえないだけなのです。

以前、動物番組を家族で見ていて、そういう外国の方が出ておりましたが、私も同じことを言い当てていました。
子供たちに、次にこう言うよ。次はこうだよ。と子供たちと妻まで驚いておりましたが、あるレベルまではみんなできるのですよ。
それ以上のことは特殊な能力なのでしょうけれども、普通のレベルまでは皆さんだってしているのですよ。

ペットと一緒に暮らしていれば、あの子たちのこと分かるじゃないですか。
何を言っているのか、何を思っているのか、お互いに分かりますよね。
それがアニマルコミュニケーションですよ。

人と人の場合だって、コミュニケーションしているではありませんか。ヒューマンコミュニケーションを!
その際は、言葉を介しているので、できていると思いがちですが、人間同士のコミュニケーションであっても、
非言語という表に現れることを通じて、会話などしているはずですよ。
言葉だけに頼っていると、空気が読めないなとと言われてしまいます。

言語なんて、コミュニケーションの25%くらいの割合でしかなく、後はゼスチャーと呼ばれる非言語ですよ。
動物たちとは、言語が違うので、残りの75%の非言語でコミュニケーションする訳ですが、
7割ありますから、結構分かることがあると思いますよ。

話は逸れましが、私はイタコの動物版というような、「○○しているから安心してね」「〜して楽しく過ごしているよ」
というような言い変えに、いまいち納得をしていないので、できないのではなく、そのように伝えたくないというだけです。

私のもとに供養やカウンセリングで訪れる方々が、癒されたり・救われたり・助けてもらったなどと言うのは、
私の行いによってではなく、皆さんを護っている仏さまの働きでしかないのです。
感謝する相手は私ではありませんよ。とお伝えしておりますが、私のもとに導いたのは誰ですか?
その者の功績であり、私は導いた者に使えただけなのです。
感謝する相手は、皆さんが想っている、あの子たちですよ。
たとえ、同じ事をしていたとしても、アニマルコミュニケーションではなく、仏コミュニケーションなのでしょうね。

最近流行っているようで、よく耳にしますが、詳しいことは知りません。
セミナーを受講された方やセッションをしてもらった方の話を聞きますと、いろいろとあるようですね。
善し悪しがね。
ちょっと前まではスピリチュアルで、その前はイタコだったのですけど、今はコミュニケーションなのですね。

僧侶というものは、今はどうか分かりませんが、昔は人の心に向き合う存在で、
人の良き理解者であり、仏さまに使える身でしたから、インスピレーションもあれば、スピリチュアルもでき、
心の声に耳を傾け、心に寄り添う、カウンセラーのような役割を担っておりました。
それが、時代に即していないから支持されなくなってきたのか、スタイルが違うことからなのか、
僧侶の質の低下なのかは分かりませんが、同じ事をしていても支持されないのは寂しいことですね。。。

あの世とのコミュニケーションであれば、生と死の間に生きている僧侶の方が、
ずっと優れているかもしれませんよ。

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