6. 庭にお骨を埋葬してはいけないのでしょうか?
ペットのお骨であれば、問題ありません。 
人のお骨は埋葬法に従いますので、法律を遵守しなければなりません。

こんなことを言われたりすることがあります。
「動物のお骨を庭に埋めると家運が落ちる」「お骨を敷地内に埋めると不幸になる」
「しかるべきところに埋葬しないと悪いことが起こる」

庭に埋めると家運が落ちるのでは、多くの家に家運などないということになります。
なぜなら、太古の時代から地層を掘り返してゆけば、
どこを掘っても動物のお骨くらいあるのではないでしょうか(分解して見えていないだけで)。
生き物が死して、分解して、土になり、土から草が芽生え、草を食べる者あれば、それを食べる者あり、
上位の捕食者が死ねば、微生物によって分解され土になる。
こういうサイクルがあるのですから、土の上に家を建てたら家運が落ちるということになってしまいます。

お骨を敷地に埋めると不幸になるのでは、お寺や霊園業者はさぞ不幸な人生を歩まねばならず、
誰もする者がいなくなることでしょう。
お骨は「やっかいもの」となり、不幸の手紙みたいになってしまいます。

しかるべきところと言われても、大地は続いていて、本来は線引きや区分などありません。
私たち人間が利便上の区分を設けただけで、どこの土地から還っても、大地は続いておりますので、悪いことが起こってしまいます。

敢えて屁理屈を言っているのですが、迷信や流言に惑わされずに、素直に物事を考えてみてはいかがでしょうか。

お庭が好きだった子であれば、どこかに埋葬してあげて、木や花を植えたり、石を建立したりして、
供養してあげればいいのではないでしょうか。
想いを施されることは素敵なことですから、宜しいことかと思います。
もちろん、家族で話し合って貰う必要があり、勝手にして、反対されて、掘り返されて、なんてなるのは可愛そうですからね。

きちんと、家族で話し合い、どうしてあげたいのか、どうしたいのか、意見を交換しましょう。
その上で、「やはり敷地内はダメだ」というのであれば、あなたが大人になって一歩譲って、
お寺の敷地や霊園の敷地を選べばいいのですよ。
だって、大地に境はなく、その土地と続いているのですから。

人の心が境を生み出すのであって、目に見える土地に囚われなければ、どこから還っても同じ大地なのですよ。

ちなみに、私の実家の裏庭は小動物のお骨だらけですよ。動物保護をしていて、
自然に帰すことのできなかった子たちは、すべて庭に埋葬してきましたからね。
猫以上の大きさになると庭が狭いのでペット霊園にお願いしますが、猫以下の大きさの子たちは自宅の庭に埋葬してあります。
だからといって、不幸になる訳でも、家運が落ちる訳でも、悪いことが起こる訳でもありません。
人生は山あり谷ありで、良いこともあれば悪いこともありますし、幸せもあれば不幸もあり、
私の人生において、お骨の所為で何かが起こっているとは思えませんけどね。
7. お骨を少し分骨したいのですが、大丈夫でしょうか?
大丈夫ですよ。

人の場合でも分骨する風習はありますからね。
地域的なこともあれば、宗派的なこともあり、見慣れていない・聴き慣れていなだけかと思います。
一部を手元に残し、家の仏壇に納め、残りを本山の合同供養墓に埋葬するお墓を持たないことなどもありますからね。

大丈夫なのかなと心配することに、「あちらで足りなくなったらどうしよう」と愛情から思われることもあれば、
「足りなくなって、あちらで不自由になる」「足りない個所を求めて彷徨ってしまう」というような言われようから、
不安や心配されることでしょう。
前者は、優しい飼い主さんの思う温かい気持ちですが、後者は、いかにも人が考えそうな気持悪い感じがしますね。

生前の発想とは異なり、仏さまとなって、もう肉体に囚われていないのですから、安心していいと思いますよ。
それに、仏教という宗教では、分骨をしてはいけない!とは言えないのですよ。
だって、お釈迦様のお骨を分骨したり、愛しさから奪い合って、お骨は各地に分かれてしまい、塔が建てられたのですから。

お骨を分骨して一部を身近に置きたいと思いましょうし、身に付けて一緒にいたい気持ちもありましょう。
お骨を分骨しても、あちらの世で欠けることなどありませんから、思い出のあるところを一部分けてもらってはいかかでしょうか。

綺麗に残っている喉仏を分骨して家に安置する方もいらっしゃいますし、
綺麗に残っている爪や歯、指やシッポの先を分骨してカプセルやペンダントに納めて、身に付ける方もいらっしゃします。

旅行に行かれる際に、お骨壺ごと持ち歩くのは不便でしょうから、一部を分骨して、思い出の場所に旅行に行くこともありましょう。
結婚して実家から離れて暮らしていて、それまで一緒に暮らした子のお骨を分骨して、手元に置きたいと思うこともありましょう。
合同供養碑に埋葬してしまうと、手元に何も残らないからと一部を分骨して、
いつか自分が死を迎える時に一緒に大地に還すということもありましょう。
仏さまの姿をした喉仏のある子から、お骨を分骨して、お守りとして身に具えることもありましょう。

お骨を分けさせてもらうのですから、大事にしてくださいね!
8. お骨をずっと手元に置いておきたいのですが、大丈夫でしょうか?
「ずっと」はダメでしょうね。
ずっとというのは、いささか欲が深いように思います。

「ずっと」という期間が、どれくらいを示しているのかが問題になってくると思います。
永遠とか永久というような、ずっとでないことは分かっているつもりですが、永久にという意味ではダメですよね。
お骨はあなたの物ではなく、ペットがあなたと暮らすために借りてきた姿ですから、いつかは還さなければなりません。

「いつかは」還すその日までということであれば、いいのではないでしょうか。
それが何年先になるのかは分かりませんが、ずっとは無理な事です。あなたもいつかは白いお骨になるのですから。
それまでの長い年月を借りるのですから、きちんと供養してあげてくださいね。

自分が亡くなる時まで、「ずっと」という意味であれば、ずっとでも大丈夫ですよ。
自分のお骨と一緒に大地に還せばいいのですからね。
還すのが遅れるのですから、延滞料金ではありませんが、大地に大いに感謝すべきことがありましょうね。

まぁ、地球の時間からすれば、人の一生分の時間還すのが遅れたとしても、文句は言われないと思いますよ。
私たちでいうところの、まばたきの一瞬くらいの感覚でしょうからね。

地球上に暮らすすべての命が、水から生まれ水に還り、土から生まれ土に還るのですから、
「自分の体だ!」と思っている姿だって、地球から借りてきたものであって、一時的な所有を認められているだけです。
一時的な所有とは、天から授かってきた寿命分という時間であって、借りたら返すのがルールですし、この世の道理なのです。

みんながずっと大地に還さずにいたら、地球上からカルシウムが無くなり、この星には新たな命が生まれない星となってしまいます。
みんながずっとと欲張ってしまうと、出逢いのない星となり、出逢えたことを否定し、断絶することになりますからね。

そんなことよりも、もう少し身近な問題提起をさせてもらいますね。
「ずっと」と大事にされるのはいいのですが、それはあなたにとって大事なのであって、
あなたを見送る人の大事なものではないこともありますので、注意して下さい。

あなたのことを見送ってくれる人に、よく言っておくなり、遺言として残しておくなり、エンディングノートに記しておくなりして、
ペットのお骨と自分のお骨を一緒に埋葬してほしいと明言しておかないと、望んでいないことが起こりうるのです。

私が何度が経験していることですが、
「何だか分からないペットのお骨のようなものがあるんだけど、ペット霊園なら引き取って処分してくれないか」
という依頼があるのです。
その依頼ときたら、どうでもいいものだけど、勝手に捨てるわけにはいかないので、どうしていいか分からないから、
仕方なく頼んでいるという感じで、故人がずっと大事にしてきたことなど、全く思っていないこともあります。

そうならない為にも、自分が元気な時に、お骨をどうするかと決めておくなり、
自らの手で先に埋葬するなりした方が、いいと思います。

どうであったとしても、ずっと置いておくことできないのですから、「いつかは」というように考えた方がいいと思います。
9. 自宅にお骨を祀る際、どこに安置すればいいですか?
どこでもいいですよ。
どこに安置すればいいかではなくて、どこに置こうかなぁ〜と愛情でもって考えてあげる方がいいと思います。

みんなが見える賑やかな場所もいいと思いますし、手を合わせ話しやすい静かなところもいいと思います。
その子の好きだった居場所に祀ってもいいと思いますよ。

皆さんのご自宅に供養に行きますと、だいたいリビングに祀っている人がほとんどですね。
その次に寝室、仏間という順になりましょうかね。
人によっては時間によって移動していて、朝はキッチン、昼はリビング・出窓、夜は寝室というように、
その子が過ごしていた一日を同じように、家族のいるところに移動しているという方もおりました。

べつに一つの場所にずっと安置しなくてはいけない、ということではありませんからね。
季節によって移動したり、日によって移動したり、時間によってもいいと思いますよ。

何か信じている宗教や風水があるのでしたら、それに教えに準じて決めればいいと思いますが、
そういうものがないのであれば、ここがいい!と思ったところがいいと思いますよ。

ちなみに、宗派によって仏壇を置く方向というものが様々あるものです。
西方浄土という言い方があるので西にあの世があるということで、西の方角に置くべきという考えもあれば、
西方浄土なのだから、そちら側を向くべく東の方角に置いて、西の方を向くようにすべきとの考えもあります。
また、お釈迦さまが北枕で亡くなられたので、北側に涅槃があるということで北に置くべきとの考えもあります。
となると、北側に背中を向けてはなりませんから、北を向けるように南に置くという考えも出てきます。

自分の家を中心に考えているのでしょうけれども、自分の家の西は、西側の家にとっては東であり、
自分の家の東は、東側の家にとっては西となり、北半球と南半球では太陽の方角は逆になりますから、どっちがどっちなのでしょうかね。
西とはいっても、ずっと西を目指してゆくと、いずれは東から辿り着くことになりましょうから、どちらでもいいのではないでしょうか。

どこに置いてもいいのですから、囚われずに、ここがいいなぁ〜と思ったら、そこがいい場所だと思いますよ。
10. ペットと一緒にお墓に入れないのでしょうか?
誰がそう決めたのかは知りませんが、私は一緒でいいと思っておりますよ。
だって、うちの家族ですから!

誰が一緒じゃいけないと決めたのでしょうかね?
誰かが言っているだけなのではありませんかね?

ペット霊園ソウルメイトのある長福寺では昔から一緒ですよ。
とは言うものの、現実には一緒に入ることは難しくもありますね。

墓地の利用法というものが、それぞれの寺院にあるのかと思いますから、住職さんに相談してみるといいのかもしれません。
そうして相談して断られているから、こういう相談がくるのでしょうが、多くのお坊さんはダメだと言うでしょうね。

理由はいろいろありましょうけれども、私には分かりません。

動物は畜生だからいけないと言われたとしても、何でなのかイマイチです。人間だって動物ですよ。
動物たちとは同じ天国には入れないと言われたとしても、ピンとこないです。天国ってケチですね。
あの世では住む世界が違うからと言われたとしても、どうなんでしょうかね。見てきた訳じゃないし。

いろいろ言ったところで、何もない無の世界なのかもしれませんからね。
だったら、という訳じゃありませんが、私は自分の信じたいものを信じますね。
誰から言われることではなく、自分の望むものを真っ直ぐに信じます。

時代が変われば常識というものも変遷する人の世ですから、今はダメだとしても、これからはイイとなることもありますし、
今の住職さんがダメなだけで、違う住職さんに入れ替わればイイとなることもあります。
その反対に、今までの住職はイイと言っていたのに、新しい住職はダメと言う場合もありましょう。

その人それぞれによって考え方が異なりますので、良い悪いは本質としては無いのでしょう。
あるのは、ただ人の偏見なのかもしれません。
動物好きな人は、いいと思うし、動物嫌いな人は、悪いと思うだけで、道理というほどの絶対ルールということではないと思いますよ。

ただ、墓地というものは、公共性を兼ねておりますので、多くの利用者の意見を聞かなければなりません。
そうなると、必ず動物嫌いな人はいますので、「人間と動物を同じく扱うな!」と言われてしまい、
既存の墓地・霊園では同意を得るのは難しくなるのでしょう。

ですが、最近ではニーズに応じて、新規造成の墓地ではペット可のところがちらほら出てきました。
寺院経営のペット霊園も増えてきて、霊園の敷地内に人間と動物という区分はあるにしても、ペット用の墓地もありますからね。

考えてもみてください。
ひと昔前であれば、ペット可のマンションなんて少なかったのですよ。
それが、今ではペット可のマンションは増えておりますし、公団住宅まで認めつつあるのですよ。
「時代が変われば何とやら」というように、時代は変わりつつあり、ペットと一緒に入れる墓地も増えてきますよ。

というこで、ペットも一緒にお墓に入っていいと思います!
仏さまの世界は差別のない世界でしょうし、大地も差別をしませんからね。
差別するのは悲しいことに人間だけなのですよ。。。

「墓」という字は、「莫」に「土」とあるように、「お骨を土で覆って大地に還す」という意味ですから、
墓も大地も何者をも差別しません。
地はすべてを受け止めてくれるから大地となり、海は水を差別せずに受け容れるから大海となるように、
仏さまの世界も差別なく受け止めてくれることでしょうから、一緒でいいと思います。

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